9. 環境破壊という危機
https://gyazo.com/e93513339d59ccc881518fcfe2585034
1. 環境にやさしい態度と環境配慮行動
1-1. 態度と行動の不一致
「環境問題を心配している」日本人は約3人に2人
ISSPの調査
普段の生活において、環境配慮行動を何もしていない人はわずか3%
ほとんどの人が「電気やガスをこまめに消す」「詰替え用製品を使う」などの行動をとっている(政木, 2011) 環境省の「環境にやさしいライフスタイル実態調査(平成25年度調査)」
「節電」「節水」「ごみの分別」といった日常生活の中で実施可能なものは多くの人が行っている
「物・サービスを購入するときは環境への影響を考えてから選択する」といった、より積極的な環境配慮行動を実施している割合はまだ不十分
何が環境配慮行動を阻害するかという視点から、その心的要因を追求する
もちろん環境問題の解決には排出権取引のように、世界規模での法規制や利益配分の仕組みが欠かせない 一方で、環境問題は、個人の社会的な営みの結果としてもたらされるものであり、一般市民の環境配慮行動が促進されなければ、問題の根本的な解決には至らないのも事実
1-2. 環境配慮行動の2段階モデル
https://gyazo.com/7397ac1581beac3af0b3cd102f25d2ae
このモデルの特徴
環境配慮行動に先行して、環境にやさしくしたい、環境保全に貢献したいという態度(目標意図)が形成される段階が想定されている
態度が形成された後に、具体的な行動場面で自分の態度に合致した環境配慮行動が実行されるかどうかが決定される段階がある
これら2つの段階はそれぞれ独立しており、そのために、環境にやさしい態度を持っていたとしても、必ずしもそれが環境配慮行動につながるわけではないという
「態度」の段階
環境に優しい態度が形成されるには、次の3つの認知が必要
この環境問題が及ぼす被害は甚大で高い確率で我々の生命や生活を脅かすだろう
ここまでに述べてきた危機意識に相当する
この問題が生じた、あるいは拡大した責任は自分たちにもある
自分たちが対処すれば問題は解決可能である
これらの認知が1つでも欠けると、環境にやさしい態度は生じない
ISSPの調査結果と対応させて考える
確かに環境問題への危機意識は高まってきている
一方で「私がどうこうしても何かできるようなものではない」という問いに対しては、これを肯定している者が22%もいる
このような人々には対処有効性認知が欠けているということであり、環境にやさしい態度は形成されにくいと考えられる
「行動」の段階
広瀬のモデルによれば、仮に環境にやさしい態度が形成されたとしても、さらに次の3つの評価が満たされなければ、環境配慮行動は生じない
行動を実行に移す上での制約や、実行に伴う知識・能力の有無にかかわる評価
例えば、リサイクルをしようにも、そもそも地域にその仕組みがなかったり、リサイクルに関する知識がない→環境配慮行動につながらない
環境配慮行動をすることによって生じるコストと便益の相対的な関係に関する評価
環境配慮行動の多くは、個人的な利益(利便性や快適さなど)を残ったり、手間や労力がかかったりすることが多い
環境配慮行動は準拠集団の期待や圧力によっても左右される つまり周りの人もごみの減量に努力しているとか、周りからごみを減量することを期待されているといった認識が、環境配慮行動を導くということ
社会規範の影響は非常に大きく、したがって、うまく社会規範を利用すれば、環境配慮行動を促進する事が可能だと考えられる
2. 環境配慮行動を阻害する要因
2-1. 私益と共益のジレンマ
環境配慮行動を阻害する要因として最も厄介ともいえるのが「便益費用評価」
環境問題の多くは個人としての利益(私益)と、社会、集団としての利益(共益)が対立することが多い このような構造的難点は、しばしば社会的ジレンマの問題として検討されている table: 囚人のジレンマの例
自白しない 自白する
自白しない 1年 \ 1年 無期 \ 不起訴
自白する 不起訴 \ 無期 10年 \ 10年
相手がどのような選択をするかに関係なく、「自白する」方が「自白しない」場合よりも大きな利益を得る
社会的ジレンマとは
1) それぞれが協力か、非協力のいずれかを選択することが可能だが、 2) 個人の観点から見れば、協力を選択するより、非協力を選択する方が利益が大きい。しかし、
3) 集団を構成する者が全員、非協力を選択すると、全員が協力を選択した場合よりも、個々人が受ける利益が小さくなってしまう状況を指す(Dawes, 1980) 社会的ジレンマの構造は、資源枯渇という環境問題においても見られる 牧草地を共有地として自由に放牧できるようにする
村人一人一人が自分の利益だけを考え、羊を増やし続ければ、やがて牧草地の草は根こそぎ食べつくされてしまうことになる
マグロやうなぎの乱獲による漁獲高の減少は「共有地の悲劇」と同じ状況であり、公共財をめぐる問題だけに事態は深刻 公共財が個人の非協力によって、一部の人物に独占される一方で、非協力がもたらす弊害が集団全体に拡散してしまうから 上記の例は、個人が利便性、快適性、金銭的見返りなどの利益を追求するために生じる社会的ジレンマ状況
公共財をめぐる社会的ジレンマ状況には、その公共財を維持するために負担すべきコストを関係者が支払わないために、生じるものもある
コストを支払わず、利益だけを得ている人がいれば、周りの人も協力する気持ちが失せるから
少数のフリー・ライダーの存在により当初は協力していた人が次第に協力しなくなり、やがて誰も協力しなくなる様子
2-2. 近視眼的な評価
社会的ジレンマ状況において、我々が利益を追求してしまうのは、便益費用評価が近視眼的なものになりやすいという人間の得失も関係している
将来の利益を視野に入れた合理的な判断をするならば「協力」を選択するのが賢明
ここで問題となるのは、環境問題の多くは長期的なスパンでもたらされるものだということ
見返りが得られるのはずっと先の将来のこと
将来の利益よりも現在の利益に過剰な重みづけをする人間の傾向
ISSPの調査
「今の日本で最も重要な課題」は何かと問われると、半数以上が「経済」と答え「環境」を最重要課題として挙げた人はわずか4%しかいない
環境を守るためなら「値段の高い品物でも買うつもりがあるか」「かなり高い税金でも払うつもりがあるか」「今の生活水準を落とすつもりがあるか」といった問いに対しても、「すすんで」と答えた人は1~2%しかいない(政木, 2011) このように我々は、環境問題に危機感を抱いていても、目の前の利益や損失と引き換えに環境配慮行動をとることは容易ではない
環境問題の深刻さを訴える図表は数十年、数百年にわたる気候変動や資源の減少を示す場合が多いが、このような情報提示の仕方は、問題の緊急性を感じにくくし、環境配慮行動を抑制してしまうかもしれない
2-3. 解釈レベル理論
「地球温暖化に伴う海面上昇によって南太平洋の島が水没してしまう」など、環境問題として語られる内容は、時間的に遠いというだけではなく、空間的にも遠いものとして語られやすい
時間的空間的に遠い対象に対して我々は心理的な距離を感じる
人が特定の事象を解釈する際のレベルは、その事象に対して感じる心理的距離によって左右され、それが人の判断や行動に影響を与える
心理的距離が遠い事象には、高次の解釈レベルが適用され、抽象的、本質的で、目的志向的な解釈がなされる
一方、心理的距離が近い事象に対しては、低次の解釈レベルが適用され、より具体的、副次的で、手段志向的な解釈が促進される
e.g. 読書をする
高次レベルの解釈「知識を得る」
低次レベルの解釈「本の活字を目で追う」
環境問題が心理的距離の遠い事象として捉えられる場合、本質的な理解は進むとしても、それは必ずしも具体的な環境配慮行動には結びつかない可能性がある
抽象的な理解は、当事者意識を低め「実行可能性評価」を低下させてしまう恐れもあるだろう
環境問題を考える際、"Think Globallly. Act Locally."(地球規模で考えて、身近なところで行動しよう)という標語がしばしば用いられるが、抽象的な理解と具体的な行動を結びつけることは容易ではない
なお、地球温暖化のように、抽象的で統計的な性質をもつ問題は、それ自体がリスク認知を引き起こしにくいという指摘もある 3. 環境配慮行動を促すには
3-1. 社会規範の働き
まず世界各地の様々なホテルのタオルの繰り返し使用を勧めるメッセージの内容を調べた
最も一般的なメッセージは、宿泊客の関心を環境保護の重要性に向けさせるものだった
チャルディーニらは、カードのメッセージを他者がどのような行動をとっているかを示すものに変えることで、タオルの再利用率をさらに増加させることに成功した
カードを2種類用意して再利用率を調べた
1) 従来から多くのホテルで採用されてきた環境保護に焦点を当てたメッセージを記載したカード
35.1%
2) 大多数の人は滞在中に少なくとも一度はタオルを再利用しているという事実を伝えたカード
44.1%
人は他者、特に大多数の他者がとっている行動を正しいとみなし、自分もそれに沿った行動をしがち
社会的証明は、特に他者と自分との間に類似性を見出す時に、その影響が強いことも知られている
3) 過去にその部屋に泊まった人の大多数は滞在中にタオルの再利用に協力してくれたことを伝えるカードを
同じ部屋に泊まった人と同じ行動をとることに何ら合理性はないが、我々は自分と何らかの共通点を持った他者に従って行動をとりやすい
しかし、特定の環境配慮行動がまだ定着していない状況においては、その事実が環境配慮行動を阻害することにもなりかねない
にもかかわらず、様々な場所で見かける禁止のメッセージには、問題の重要性を強調するために、暗に「大勢の人がこのような望ましくない行動をとっている」という情報を提示してしまっていると、チャルディーニは指摘する(Cialdini, 2003) 例えば、アリゾナ州にある化石の森国立公園
看板のメッセージには、大勢の人が珪化木(樹木の化石)を持ち去っているという、望ましくない社会的証明が含まれてしまっていた 「貴重な遺産が毎日破壊されています。一人一人がとっていく珪化木はわずかでも、それは1年で14トンにもなるのです」
次の3つの状況を設定した
1) もともとの看板に類似した、望ましくない社会的証明に関する情報を含む看板
「これまでに公園に訪れた多くの人が珪化木を持ち出したため、化石の森の環境が変わってしまいました」という言葉とともに、珪化木を持ち出そうとしている数人の来訪者の写真を組み合わせた看板
2) 社会的証明を示す情報を入れない看板
「公園から珪化木を持ち出すことをやめてください。化石の森の環境を守るためです」という言葉に、一人の来訪者が珪化木をとろうとしている写真を添え、さらにその人物の手の部分に禁止マークを描いた看板
3) どちらの看板も設置しない対照群
それぞれの看板の前に印を付けた珪化木を置き、来訪者の行動を観察した
結果1(7.92%), 2(1.67%), 3(2.92%)
社会的証明情報を含む看板を設置することでかえって環境に望ましくない行動を助長してしまった
社会的証明情報を含まない看板では望ましい行動を促進した
多くの他者が現実に何をしているのかを示す規範
多くの他者が何を良しとし、何を悪しきとするかを示す規範
社会的証明は記述的規範に基づくものであり、人は特に新奇な状況や不確かな状況ではこうした社会的証明の影響を受けやすい
国立公園の例のように、記述的規範が命令的規範と対立する場合には、命令的規範を明確に提示する必要がある
2つの研究は社会心理学の中で古くから検討されてきた同調(自分の意見や行動を他者に合わせること)という研究文脈の中で捉え直すこともできる 他者の判断や行動を拠り所として、できるだけ正しい判断や行動をしたいという動機づけによって生じる同調
他者から受け入れられたい、承認や賞賛を得て、罰を避けたいという動機づけによって生じる同調
チャルディーニの分類で言うところの命令的規範によって生じるもの 情報的影響と規範的影響のいずれが生じるかは、その時々の状況に依存するため、記述的規範と命令的規範が対立する状況であっても、うまく命令的規範に焦点化できれば、より社会的に望ましい行動が導かれると考えられる
調査対象の全世帯に過去数週間にわたるその世帯のエネルギー使用量とともに、近隣世帯の平均使用量が伝えられた
そうしたところ、数週間のうちに平均以上のエネルギーを使用していた世帯の使用量は大幅に減少した反面、平均以下の世帯の使用量は大幅に増加した
平均使用量が記述的規範として働いてしまったためと考えられる
しかし、各世帯のエネルギー使用量に応じて、平均より少ない場合は嬉しそうな顔のマーク、多い場合には悲しんでいる顔のマークを付与したところ、平均以上にエネルギーを使用していた世帯はさらに使用量を減らし、またエネルギー使用量が平均以下だった世帯でも使用量が増えることはなくなった
付されたマークの顔の表情が、その行動が社会的に認められているか、認められていないかを伝えるシンボル、すなわち命令的規範として働き、人々が規範的影響を受けたために、このような結果が得られたのだと考えられる
3-2. ナッジ
行動経済学では、人がより望ましい判断や行動をとることができるよう誘導する方法を模索している nudge "注意や合図のために横腹を特にひじでやさしく押したり、軽く突いたりすること"
選択の自由を残しつつも、完全に自由放任にせず、結果的に当人や社会にとって有益な選択ができるような誘導を行っていこうというのがナッジ
環境配慮行動を阻害する要因は数多くあり、我々は無意識の内にそれらの影響を受けてしまっている
ナッジを上手く利用し、誰もが無理なく環境配慮行動を行える状況を整えていくことが、今後ますます必要となってくる